前立腺癌
1. 前立腺癌とは
その名のごとく前立腺に発生する悪性腫瘍の事です。
前立腺癌は当然以前から見られた疾患ではありますが、PSA検査やMRIなどの検査の進歩によって、発見される事が飛躍的に多くなりました。
本邦では2011年の罹患数が78,728人、年齢調整罹患率は10万人あたり66.8で、胃癌、大腸癌に次いで男性癌の第3位でした。
2014年の死亡数は11,507人、年齢調整死亡率は第9位であり、2015年の短期予測では罹患数は年間98,400人(第1位)、死亡数は年間12,200人(第6位)と予測されています。
前立腺癌の原因としては、食事の欧米化や喫煙などが挙げられており、現代社会では、ごく一般的に見られる疾患です。
参考資料:2016年版 前立腺癌 診療ガイドライン 日本泌尿器科学会 編
2. 前立腺癌の発見契機
前立腺癌の発見はほとんどの場合で健診などでのPSA検査が契機で発見される事が多いです。
そのほか、血尿や排尿障害、腰の痛みなどの症状がきっかけで泌尿器科を受診される事もあります。
3. PSA(前立腺特異抗原:prostate specific antigen)検査
血液検査で分かります。PSAは前立腺癌発見のために非常に有用な検査です。
PSA以外にも様々な腫瘍マーカーがありますが、最も優れたマーカーの一つと言えます。
PSA自体は精液を液状化するための作用があると言われており、前立腺癌に特有なものではありませんが、PSAが高い事は、前立腺に何らかの事が起きているという事を示唆します。
PSAが上がる原因としては前立腺肥大症、前立腺炎、前立腺癌などが挙げられ、PSAが高ければ高いほど癌の可能性は高くなる傾向があります。
年齢階層別PSAカットオフ値
50-64歳 0.0~3.0ng/ml 、65-69歳 0.0~3.5ng/ml 、70歳以上 0.0~4.0ng/ml
PSAが1.0以下の場合には3年毎、1.1以上からカットオフ値の場合には1年毎の検査が推奨されています。また前立腺癌の親族がおられる方は40~50歳でのPSA検査も推奨されています。
PSAが低い場合にも前立腺癌が存在する事はありますので、直腸診なども合わせて行うことで、診断の助けになります。
4. 診断までの流れ
上記が一般的な前立腺癌の診断までの流れです。
最終的には前立腺生検と言って、前立腺の組織を取ってくる処置を行い、直接顕微鏡で確認することで診断を付けます。前立腺生検は出血や感染症などの合併症を起こす可能性がある侵襲的な検査です。
当院では生検前にMRIでの検査をする事によって、無駄な生検をしないように配慮しております。
MRIは当院横の連携病院で検査可能であり、検査をしたその日に画像をお見せしながら結果を説明致します。
MRIで悪性を疑う症例、もしくは直腸診や経過から前立腺癌を除外しきれない場合には、生検可能な施設に紹介しております。
前立腺生検は外来でも施行可能な検査ですが、侵襲的な検査のため、1-2泊での入院をしてすることもあります。
5.前立腺癌の悪性度
生検をされ、悪性との診断を受けた際に重要となる指標の一つが、悪性度です。
Gleason分類といい、病理検査所見には『Gleason score ○+○』といったように書かれています。
それぞれ1~5までの数字が入り、論理的には2~10までの間に収まるようになっています。組織の割合が多い順に記載していき、数値が高ければ高いほど悪性度が上がります。
以前はGleason score 3+4 と 4+3は予後が違うにも関わらず、包括されて扱われていた事などが原因で、現在はグレードグループ 1~5を設定して分類されています。
Gleason score 2~6 | グループ 1 |
Gleason score 3+4=7 | グループ 2 |
Gleason score 4+3=7 | グループ 3 |
Gleason score 8 | グループ 4 |
Gleason score 9~10 | グループ 5 |
上記のようになっております。当面はグループ分類にGleason scoreを併記するかたちでの運用が承認されているようですが、今後も改訂される事があると思われます。
6. 病期分類
一般的に病気分類としてはTNM分類が用いられております。
T分類・・・癌が前立腺の中に納まっているのか、外まで出ているのか
N分類・・・リンパ節転移があるかないか
M分類・・・遠隔転移をしているかどうか
Tに関してはMRIと前立腺生検の結果、Nに関してはCT、Mに関しては骨シンチなどで検査することが多いです。
前立腺癌以外の悪性腫瘍の分類でもTNM分類が用いられています。詳細な分類を下記に示します。
T-原発腫瘍
Tx | 原発腫瘍の評価が不可能 |
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T0 | 原発腫瘍を認めない |
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T1 | 触知不能、または画像診断不可能な臨床的に明らかでない腫瘍 |
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T1a | 組織学的に切除組織の5%以下の偶発的に発見される腫瘍 |
T1b | 組織学的に切除組織の5%をこえる偶発的に発見される腫瘍 |
T1c | 針生検により確認される腫瘍(たとえば、PSAの上昇による) |
T2 | 前立腺に限局する腫瘍 |
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T2a | 片葉の1/2以内の進展 |
T2b | 片葉の1/2をこえ広がるが、両葉には及ばない |
T2c | 両葉への進展 |
T3 | 前立腺被膜をこえて進展する腫瘍 |
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T3a | 被膜外へ進展する腫瘍、顕微鏡的な膀胱頸部への浸潤を含む |
T3b | 精嚢に浸潤する腫瘍 |
T4 | 精嚢以外の隣接組織に固定または浸潤する腫瘍 |
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N-所属リンパ節
Nx | 所属リンパ節転移の評価が不可能 |
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N0 | 所属リンパ節転移なし |
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N1 | 所属リンパ節転移あり |
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M-遠隔転移
Mx | 遠隔転移の評価が不可能 |
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M0 | 遠隔転移なし |
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M1 | 遠隔転移あり |
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M1a | 所属リンパ節以外のリンパ節転移 |
M1b | 骨転移 |
M1c | リンパ節、骨以外の転移 |
7. 治療について
前立腺癌の治療に関しては、①前立腺全摘除術 ②放射線療法 ③ホルモン療法が一般的な治療法として挙げられます。
①前立腺全摘除術
前立腺癌の根治的な治療法です。手術後の再発のリスクを上記のPSA値、Gleason score、病期分類を用いて分類したリスク分類が用いられています。手術をするかは患者さんの状態によっても異なります。
以前は開腹手術が主体で、出血もしやすい手術でしたが、最近はロボット手術の台頭によって、出血のリスクも少なく、勃起機能のための神経温存などもよりやりやすく治療ができるようになっています。
手術後の再発の定義としてはPSA 0.2ng/ml以上になった日、PSA 0.2ng/ml未満にならなければ手術の日を再発日としています
②放射線治療
放射線治療も前立腺癌の根治的な治療法の一つです。体の外から放射線を当てる外照射と、前立腺に小線源を埋め込む内照射とがあります。
お腹を切らずに根治的な治療ができる事で、放射線治療を選ぶ患者さんも増えてきております。
長期的にはまだ分かっていない事も多いですが、全摘除術と並んで前立腺癌の根治的治療として進歩しております。
放射線治療に際して、後述のホルモン療法をする場合としない場合がありますが、治療開始までに待ち時間があったり、照射範囲の縮小を目的に、ほとんどの場合でホルモン療法が先行して行われます。
再発の定義はPSA最低値+2.0ng/mlです。
しかし照射後にPSAバウンスと言って一時的にPSAが上昇する場合が5%程度の方でみられるため、注意深く観察することが必要です。
③ホルモン療法
前立腺癌が男性ホルモンに依存して増殖する事が指摘されており、男性ホルモンをブロックする治療です。男性ホルモンは95%が精巣から、5%が副腎から産生されていると言われています。
それを内服+注射(もしくは去勢手術)でブロックします。
治療の効果は非常に高く、一部を除いてほとんどの場合で効果が見られます。
前立腺癌の予後が、他の悪性腫瘍に比較して非常に良い事の主因であると言っても過言ではありません。
ただし、ホルモン療法のみではいつか必ず再発します。どの時点で再発をするかは悪性度や治療開始前の病期分類によっても異なります。
ですからホルモン療法のみで満足するのではなく、治療が可能な患者さんには前立腺全摘除術や放射線療法などの根治的な治療をするように勧めています。
適応としては、根治治療ができない方、根治治療後の再発の患者さんに施行する事が多いです。
④その他の治療
その他の治療としては重粒子線治療やHIFUなどが行われております
8. 去勢抵抗性前立腺癌(CRPC:castration resistant prostate cancer)
ホルモン療法が効かなくなった状態の前立腺癌の事を指します。
現在まで様々な治療が試みられており、AWSの確認や交代療法、エンザルタミドやアビラテロンなどの新規ホルモン薬、ドセタキセルなどの化学療法、骨転移に対する治療が行われております。
この段階まで来ると治療は非常に困難な段階になっていると言えます。
骨転移に伴う痛みや神経障害に対処しながら治療を行っていきますが、ADLの低下や経済的な背景など全人的に考慮して治療を選んでいく必要があります。
最後に
前立腺癌は検診などで発見され、男性であれば加齢に伴い多くの方がかかる病気です。早期であればあるほど、根治的な治療が可能になります。
どの病気でも言える事ですが、症状が出てからでは遅いことが多いのが現実です。
せっかく異常を指摘されていても『もう年だからどうでもいいわ』と言われている患者さんの多くが最後はその痛みやしんどさに耐え切れずに病院を受診されます。
少々の検査費用や労力を惜しまず、定期的に検診をしましょう。